2012/4/23  16:18

キャスト14 たてべともこ  出演者への思い
たてべともこ
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埼玉生まれ、大阪育ち。
第8回楽友協会ピアノコンクール優勝。クラシック音楽を中務和美氏に師事。 奈良女子大学理学部在学中に作曲家前田行央氏との交流により本格的に作曲に興味を 持つ。

2001年、活動名を本名・建部知子から「たてべともこ」として、映像や風景などをイメージさせた楽曲制作を中心に、ポップス・歌謡曲・児童唱歌風の作詞作曲も行い、テレビ、ラジオ、CM、アートドキュメント音楽や朗読劇、イベント等への楽曲提供、ピアノ弾き語りソロやウッドベースなどを加えたスタイル中心に、主に関西・東京のライブハウス、コンサートホールで活動中。自作曲は100曲以上。(癒し・ヤミ・浄化をテーマにピアノの響きを主体にした印象派ユニット「未悠」、また、自由気ままなうたものユニット「はっぴいみゆう」などで幅広いジャンルの楽曲を発表してきたが、発信したいテーマの方向が違ってきたため現在は活動休止中。)
今回のライブ4/30にニューアルバム「彩−ありがとう おめでとう−」を発表!

http://www.tomokotatebe.com/

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手元の資料を見ると、2000年3月にワンマンで、たてべさんが「建部知子」で登場している。

うーーーーーーん。ごめん。どういう出逢いやったっけ?

思い出せない。たてべさんは覚えているかな。

たてべさんや前述の月陽さんなどは、レッドライオンが終わってから、頻繁にライブを企画していたので

出逢いが思い出せない。

現在、子供さんがあり、家庭を持つ彼女も、この時はまだうら若き?乙女だった。

ゆーったりとした口調からは、想像できない、深い自身の世界を醸し出す人で、

ピアノももの凄くうまい。

プロフィールの部分でもあったけど、「未悠」という名前でライブをしていた時は

ぼくのグレーな部分とリンクして、個人的にかなり惹き込まれた世界だった。

はい、そんなところも含めて、毎度のぼくと共演もしていただきましたね。

現在は、「愛、感謝、自然」をテーマに、日常のできごとを愛で表現して歌う即興ライブなど、

自分も人も地球もハッピーに!の思いで音彩(ねいろ)コミュニケーション発動中。

今回はなんと、このライブでニューアルバムを発表してくれるということで

気合い充分! 船戸さんや加奈ちゃんとのコラボも楽しみですね。

たてべさん いつも優しさをありがとう。今回はぼくの好きなちょっとダークな唄もお願いしますよ。

メリーゴーランド!





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2012/4/23  15:37

キャスト13 ナガオクミ  出演者への思い
ナガオクミ
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シンガー。作詞家。関西を拠点に精力的にライブ活動中。9月20日・満月の夜,東京都で誕生。西宮在住。
バンド「ハナサカ」を経てソロ活動へ。98年小泉今日子氏のアルバム「KYO→」に「サヨナララ」を提供。スズキ・アルトのCMに起用される。アルバム2枚発表。

http://lovestargogo.net/
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クミちゃんとのつきあいも古い。ミノヤホールの時代に、アンプラグトブームで、ロックバンドの連中が

単一で弾き語りを始めて、何人かがミノヤホールに出たが、多分その中にクミちゃんは入っていたと思う。

ミノヤホールでの弾き語りをしていた連中は、大体が一人で弾き語りをしていて

言葉は非常に悪いのだが、泥臭いというか垢抜けないというか(決してそれが悪いというのではない、むしろ大好き)

そういう人たちの中で、クミちゃんというのは少し違った。

なにか、いつもキラキラしてるというか、土壌が違う、そんな人である。

「ハナサカ」というバンドがちょうど解散したあとで、

バナナホールを満員にしていたということもあって、ぼくが構えていたのかも・・・・。

でも、全然そんなことはなくて、いつも明るくテンション高く、単純で

そんでもって繊細で、

カメラが大好き、写真撮りまくりーーーー

そんなおねーさんです。

あ、ぼくよりもおねーさんです。(松井恵子さんと同い年)

もちろんなご他聞に漏れず、ぼくとの共演もたくさんやりました。

忘れられないのは、レッドライオンよりもっと後のイベント、

神戸の地下鉄駅の開業式でクミちゃんに誘ってもらって演奏しにいったこと。

人に誘っていただけることなんか、滅多にないので

どれだけ嬉しかったか。嬉しすぎて、演奏はパーカッション、破壊してしまいましたが・・・・。

スイマセン・・・。

クミちゃんはあの天下の渋谷毅さんや島田篤さんというピアニストとのデュオも素晴らしいですが

今回はピアノ、吉田幸生さんと一緒です。また美味しい味わいがありますね。

あ、渋谷さんもレッドライオンにはよく出ていただきました。

さすがにお呼びすることなどは恐れ多くて今回できませんでしたが、

クミちゃんとのライブがまた6月にありますので、そんな渋谷毅さんとクミちゃんを見たい人はこちらにどうぞ
    
2012/06/17(日)神戸 BIG APPLE
『しぶやさんと1・2・3!』
渋谷毅(piano、vo)
ナガオクミ(vocal)東ともみ(bass、vo)池田安友子(percussion、vo)
guest
平田王子(guitar+vocal) 、他
‥三宮トアロード沿い 北野ホテル向かい
OPEN 18:30 START 19:30
ご予約¥2800 当日¥3000(drink別)
問)BIG APPLE 078-251-7049



クミちゃん、やっぱり「サヨナララ」ききたいな。クミちゃんとはこれからもずーっとずーっとつきあっていきたいです。ありがとう。これからもよろしくです!



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2012/4/23  14:57

キャスト12 山口智  出演者への思い
山口智(やまぐちとも)
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奈良県生まれ。各種アコースティック楽器を手がけながらさまざまな音楽の影響を受け、1987年より西欧の打弦楽器ハンマーダルシマーの演奏に取り組み、独自のスタイルを確立。
オリジナル曲、即興演奏を中心に、その独特の美しい音色を生かしたダイナミックで詩情豊かな音楽を作り続ける。

ソロの他、様々なバンド、ユニットにも参加。数多くのミュージシャンと共演。朗読やダンスからお経まで異ジャンルとのコラボレーションも多数。映像、演劇の音楽作曲制作にも携わる。ギター、キーボード、フィドル等々も演奏するマルチプレイヤーでもある。最近はライブでもダルシマーとキーボード二段重ねスタイルを構築。

http://yamaguchimusic.com/txp/

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山口さんとの出逢いは、コンサルティーナを弾く、吉田文夫さんのユニットでミノヤホールに来たことから

始まった。

ハンマーダルシマーという楽器と山口智という人が造り出す音楽は唯一無二なもので

大変、魅了された。

先述した、シャンソンと同様、ハンマーダルシマー教室や、西欧の笛、ティンホイッスルの教室なども

ミノヤホール〜RED LIONと、山口さんにずーっと行ってもらった。

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1999年9月15日 この時はフィドルメインで、アイルランド伝統音楽ライブを行っていますね。



彼は優しい感じの風貌とは裏腹に、芯のしっかりした自分というものを持っている人である。

他の人と同様、随分無茶もお願いしたけど、ご自身が楽しめることはしっかりと聞いてくれた。

ダルシマーと唄のコラボレーションはいろいろな人とやっていただきましたねぇ。

そして、忘れられないのは、ぼくが呼びかけて集めたユニット「メロムン」

ぼくがボイス・パーカッション、故・ピアノ・村上ユミ子、コントラバス・船戸博史、山口さんという4人。

その時にこのユニット用に村上ユミ子さんが創ってくれた曲「夜の虹」という曲。

この曲が、ぼくにとっての彼女からの唯一遺してくれたオリジナル曲になった。

今回のライブでも山口さんのコーナーでははありませんが、みなさんに聴いていただきたいと思います。

思えば一番あの頃がみんな若くて楽しかったな。

でも山口さん、音楽は重ねれば重ねるほど、磨かれていくんですよね。

山口さんの音を聴いてたらそう思います。山口さんとライブをするのもほんま久々です。

山口さんの美しいハンマーダルシマーで、心に光を与えて下さい。

リクエストは「感覚」です。音楽に対する感覚を再確認させて下さい!


1

2012/4/21  22:20

キャスト11 天の羊  出演者への思い
天の羊
安田美穂(やすだみほ)
南 忠(みなみますぐ)

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1998年3月結成。和歌山を本拠に活動するネオ・アコースティックユニット。
主にVo.安田美穂が作詞、Vo&G.南忠が作曲するオリジナル曲を中心に、絶妙のハーモニーでどこか懐かしい物語のような世界を作り出している。 アルバム2枚発表。

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和歌山にあるライブハウス「オールドタイム」。http://www.first-take.co.jp/oldtime/

ここの松本さんにも随分古くから、お世話になっている。長い間お逢いしていないがお元気だろうか?

さて、このオールドタイムで、何かの企画で行っていた時

すごい美人で綺麗な女の人の従業員がいて、びつくりした。惚れてしまった。

その人こそ、天の羊の美穂せんせいこと、安田美穂その人だった。

また南さんはそれよりも前に、松本さんが、「すごい歌のうまい奴がいるので連れて行く」と

ミノヤホールに連れて来てくれてライブをしたのが知り合い。

忠と書いて「ますぐ」と読むので、歌のうまさと名前ですぐ覚えた。

その二人がユニットを組むとは、いやはや。

98年結成なので、レッドライオンとは、ドンピシャ的に活動時期が重なりますね。

最初は3人のバンドだったはずだが、そのうちデュオに。

そして、山下ジュンくんがパーカッションでまたまた3人でやることになったり。

もちろん今回も、石川まぎさんのところでも登場してくれるので

ジュンくんでてくれます、ありがとねー。

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99年8月22日日曜にライブ。対バンは「ソラネコ」



彼らも含めて、7割くらいが、「サンデーシンガー」。

仕事を持って、休みの日に音楽活動を行う。

なので、彼らは和歌山からやってくるので、

帰りのことと、次の日のことを考えると

自ずと日曜の昼にライブをするのが定番となってしまってた。

一緒に5年ほど前まではコンスタントにライブを行っていたっけ。

久しぶりです。

この天の羊、二人ともとても声が綺麗なユニットで、

音楽の美しさという点では、一、二を争うと言っても過言ではないというぼくの評です。

活動もぼちぼちで、ホームページも消滅してしまったので

ブログくらい作ってと、美穂せんせいにお願いしましたよ。

二人の美しい音楽が大好きです。たっぷりと天の羊を聴かせて下さい。楽しみにしています。
0

2012/4/21  21:27

キャスト10 さめしままさみ/井口善夫  出演者への思い
さめしままさみ
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奄美大島出身。大阪在住。自然や身近な生活、平和の歌をうたっている。
自身が主催する「にんげんのうた」コンサートは昨年で25周年を迎えた。
さめしままさみのバックユニット「Dear Friends」には、パートナーの井口善夫、
ピアノに山本葵、ギターに大林一雅、ベースに、かまたけんじ。

井口善夫(いぐちよしお)
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長野出身。大阪在住。さめしままさみのパートナーであり、一人のシンガーソングライター。
人間自身の風体が醸し出すように優しく弾き語る。今年で唄い始めて40周年

http://www.geocities.jp/sameshima_m/

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この二人とも、出逢いはかなり古い。

ぼくが音楽の活動を始めた23くらいの頃から、どこで知り合ったか、もう既にぼくの手許には

彼女の「にんげんのうた」コンサートのチラシがあった。

さらに、彼らと親密になったのは

ぼくがミノヤホールに入った時の会社「コットンフィールズ」のメンバーが

彼らの所属する、毎月月一度開催しているサークル、「いつどこクラブ」のメンバーで

今回、このライブでPAをやってくれる

その当時の上司で、よく喧嘩もした?兄貴分、井上利夫さんと親密にあったから、

自然に二人とも仲良くなった。

毎年正月には、新年会ライブと称して

よく一緒に飲みました。
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1/3からやってましたー。



名古屋の盲目のブルースフォークシンガー金沢栄東さんを紹介して

よく一緒にライブもやってくれたり、

今回は身体のこともあって声をかけれなかった

シンガー山本葵さんもバンドのメンバーで彼女との思い出もつきません。

井口夫妻の家に遊びに行った時、ファミリーの猫ちゃんがぼくになついてくれたことなど

まぁいろいろな思い出が溢れ還ります。

今回は、二人でソロコーナーをもうけて、唄ってもらいます。

さめちゃん 久々に唄を聴けるの楽しみです。

井口さん 一緒にあくびができたらいいね。

二人の唄で和ませて下さい。

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井口善夫40周年記念ライブでの二人
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2012/4/21  20:47

キャスト9 島田篤  出演者への思い
島田篤 Atsushi SHIMADA

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ピアノ・キーボード演奏家 / 作編曲家 / プロデュース / 弾語り
1963年大阪生れ 現京都在住

学生時代からバンド活動を始め、現在に至るまで、様々なジャンルのグループ、セッション、ライブサポートやレコーディング、制作等に参加。“独り”の魅力に取付かれ、40歳を契機にソロを始めライフワークとする。
自作の楽曲・唄を、ピアノソロ・弾き語り・即興を混在させた形で演奏。
エフェクトを駆使する等、音響的にも独自の表現を模索展開中。
現在は弾き語りに特化した形を Inner Song と名付け、現在も自己表現の中心に据え活動している。
また、自己のオリジナルジャズトリオ(現在休止中)や、アルゼンチンタンゴバンド Plaza de Fuente にも参加する。
他表現者とのライブ、サポート、CD制作。画音楽、アレンジ・プロデュース、楽曲提供。
ダンサーとの共演等、多岐に渡って活躍、関西に無くてはならない音楽家として存在感を放っている。

http://shimalog.wordpress.com/
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島田さんとの出逢いは、やはりとても古い・・・もう20年以上。

ぼくがミノヤホールを始めた頃。円広志さんのリハーサルでだったと思う。

その時はあまり接点はなく、そのうちに他のボーカリストのサポートでライブにきていて

だんだんと仲良くなっていき、自らのライブもしてくれるようになった。

ミノヤホールの後期には、藤井レイ子さんのシャンソン教室のピアニストを快く受け入れてくれ

ライブも自身のユニット「KYA」などをよくやった。

KYAにはいろいろな思い出がある。一緒にライブに出してもらったり、ツアーにいったり

レコーディングにも参加した。

今回、このライブにKYAのメンバー木内健弘は都合により参加してもらえなく、とても残念である。



島田篤という人は音楽というものの魅力の塊である。

だからありとあらゆる可能性にかけて

随分無茶な企画やお願いをとてもたくさんしていただいた。

現在メインで活動されている弾き語りも、当初はぼく自身が一番聴きたくてお願いしたものだった。

とてもとても大好きな人である。

ただ、ぼくは彼に情を入れすぎたため、彼にあまえてしまい

大変な迷惑をかけて、ぼくに対する人間としての信用も失った。

そんな中で、彼が今回のライブに出演してくれることを承諾してくれたことに

彼の人間的な大きさに改めて感謝する。

ありがとうございます。

4/24は彼の誕生日。

前日のバースデーイブにはこんなライブも開かれます。

島田篤 生誕四十九年前夜祭『祭りの準備』
      2012/04/23/MON open18:30/start19:30〜20:00
神戸【BIG APPLE】・・・JR/阪神『元町』駅よりトアロード上る徒歩10分、山本通り3丁目バス停前
 078-251-7049 神戸市中央区山本通3-14-14 トーアハイツB1
前売¥2300/当日¥2500(+1drink)
●出演:島田篤(vocal, piano) GUEST:桑原滝弥(詩人) 神田京子(講談師)


島田篤の唄を聴いて欲しい。島田篤のピアノを聴いて欲しい。

何故なら、本当にすばらしいから。

今までのぼくの音楽人生になくてはならない島田篤を

あなたに聴いて欲しい。

久しぶりに言わせてもらおう、アニキ、当日は「ピアニスト」を唄って下さい。




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2012/4/17  23:30

キャスト8 光玄  出演者への思い
光 玄(こうげん)
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1955年生まれ。70年代後半、詩人片桐ユズルに誘われ、ライブツアー「かわら版キャラバン」に参加。その後、本格的に音楽活動を展開する。82年、1st.アルバム『ばれたら終わりや』を発表。メッセージ性の強い歌を歌う「社会派」シンガーのイメージが定着。90年、2nd.アルバム『89から90』を発表。作詞に郭早苗が加わり共同作業での歌づくりのスタイルを確立する。同時に自分の内面や生活を描いた歌がウェイトを占めるようになる。
 96年3月、3rd.アルバム『宙を舞う』を発表。震災体験を主軸に、アジアの人々、神戸長田の町、肉親への思いを織り込んだプロデューサー郭早苗のコンセプトが、光玄の歌唱と金森幸介のギター演奏によって豊かに表現され、高い評価を得る。2005年3月、4th.アルバム『悲しい夜は自由になれる』を発表。
 音楽評論家藤田正は、光玄は「海外のアーチストであるビッグマウンテンやプリンス同様、確実にピープルズ・ミュージシャンへの道を歩んでいる」ミュージシャンである、として熱い支持を寄せる。

http://kogen1.blog93.fc2.com/

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光玄さんとの出逢いは、もう随分昔・・・・ AZUMIさんを通してだったと思う。

ミノヤホールの時代から、ここ最近は2年ほど前まで、細く長く、一緒にライブを続けてくれてきた。

いつもぼくのことを気にかけてくれる心優しい人である。

忘れられないのは、95年の阪神大震災。彼の家は神戸長田にあるマンションで

一番被災の酷い場所で被災した。

震災から1ヶ月経つか経たないころに、彼の家の片付けを手伝いにいった。

今なら大阪から電車で30分もかからないところ

あの時は、3時間近くかかって、長田まで行った。

街は、戦争でもおこった後の様な悲惨な状況。

部屋の中も、人が住める状態ではなかった。

それをその日一日で何人かの手伝いで片付けて、住めるようにまで片付けれてお互いうれしかった。

そんな時でも、明るく前向きに生きようとしてた光玄さん。

いろいろなものを胸の内に秘めて、決して人には見せようとせぬ、心の葛藤を

唄に振り替えて、その生き様を唄う。

未だにそのスタイルは変わっていない。

一番カッコいい唄い手、それが光玄さんであるのです。

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2000年7月2日には、元・古井戸の加奈崎さんと対バンされてますねぇ。


例にも漏れず、ぼくが、無理矢理バックで太鼓叩かせてもらったり、対バンさせてもらったりと

ぼくの我が儘にもつきあってくれる、優しい兄貴分。

是非、そんな光玄さんを、もっともっとたくさんの人に聴いてもらいたいと思います。


光玄さん 久々に カッコ良く決めて下さい。聴かせて下さい。

ぼくは光玄さんが、一番カッコいいと思っています。


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2012/4/10  21:24

キャスト7 米田みちのぶ  出演者への思い
米田みちのぶ
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74年生まれ。大阪出身・在住。コリスとかのグループや、ソロで、活動している。
弾き語り、作曲、ウクレレ演奏など。


米田君がスタッフとしてRED LIONにきたのは、99年の初頭頃だっただろうか? 

ちょうどレッドライオンを経営するサンポードが、自社ビルの各飲食店の経営を強化するために

スタッフを募集していた時期とうまいこと重なって、彼は同ビルにある他店舗と

レッドの掛け持ちで仕事をすることになった(後にレッド専任に) 

履歴書を見ると、どう見ても怖いヤンキーのお兄ちゃん。

しかし当人はいたって平和的、ほわーんとした男だった。しかしなんか一癖も二癖もある、ほわーんとしてるくせに、

へんなところでゆずらない、未だもってよくわからない・・・・。そんな男である。
 
 彼はその当時「ミントロバート」というユニットをやっていて、裏方と表、両方の活躍、

それがレッドでのライブデビューだった。

そのあとはソロ活動でギターやウクレレの弾き語りで何度かライブにでてくれた。

ぼくが書いたその当時の彼のライブコピー 「ロマンと歪みが行き来する、一つの生き方を弾き語りにて披露する」

うーん、我ながら真理をついてるなぁ。 中沢といい、西尾といい、米田といい、

我が空間に集まってきたスタッフの連中は、常識は無くても?特殊な魅力のすばらしさがある。

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2000年4月14日に出演時は、その当時スタッフだった田辺君とフルートの青木さんをバックに堂々のライブ


そう米田君は、上記の写真、ライブハウスの要になる、

月刊のレッドライオンライブスケジュール情報誌「13ペーパー」のデザイン、

構成とホームページの作成を担当してくれて、大いにレッドに貢献してくれたその人だった。 

レッドライオンが閉店になってからは、随所、随所、接点があるところで、たまには逢っていたが、

本格的に逢うのは久しぶりである。

さぁ彼のロマンと歪みはどれくらい気持ちよくひねくれているだろうかが、楽しみである。

今回はもちろん当時と同じく出演者はもとよりスタッフも兼ねて活躍してくれるはずだ!

「米田君、気持ちよく、気持ちよーーーーく、唄って下さい。キミの素が好きですよ」
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2012/4/4  22:33

キャスト6 藤井レイ子  出演者への思い
藤井レイ子

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大阪音楽大学卒業。ヤマハ音楽教室・ピアノ・エレクト−ン講師を経てシャンソン歌手として
1985年よりプロ活動開始。関西を中心にシャンソニエ、ホテルでのディナーショ−、講演、パーティなどで活動中。
http://homepage3.nifty.com/renkon-chan/index.html


海江田文の回でも書いたが、ぼくとほとんどのシャンソン歌手とのつながりは、ピアノの吉田幸生を通じて

紹介してもらい、藤井さんともミノヤホールの時代にお知り合いになった。

ミノヤも後期、それまでシャンソン教室をやっていた安土明中子さんに替わって、

新たに藤井さんに教室をやってもらうことに。

藤井さんも初めての教室主宰の先生として、張り切って教室を切り盛りしてくれた。

その時に、藤井さんに紹介したのが、ピアノの島田篤。

そして、レッドライオンにも引き続いて教室を行った。サンポードと書いてるのは会社の名前。
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シャンソンのところみて下さい。こんな感じでしたねぇ。

その教室は場所は変わったが、脈々と現在も続けられ、今では教室も大阪市内、堺、奈良、武庫之荘と

たくさんの教室に広がって華開いている。



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98年12月。ディナーショーをやってくれたり、やっぱり年忘れのおまつりライブにも出てくれてましたねぇ。



ここ数年、おつきあいはなくなっていたが、

やはり、文ちゃんの時と同じ、「好色七人女」というヤスコさんの主催するイベントで

久しぶりに唄を聴いて、ますます艶と深みがかかった唄を聴いてとっても感動した。

ちなみにその時の唄は、なんとシャンソン版の「伊勢佐木町ブルース」!

藤井さんといえば、実はその音楽性にぼくもすごく影響を受けている。

「私はもう女です」という唄。彼女がレパートリーにしてるこの唄のことが

気になって、調べたら元は大塚博堂の唄。博堂にどっぷりとはまってしまって

ぼくもよく唄うようになった。

そしてシャンソン界の伝説「バルバラ」。

藤井さんが唄うバルバラの「黒いワシ」には心震わされる。

ぼくがミノヤホールをやっていた時には、まだバルバラは存命で、

97年にバルバラが亡くなった時には、バルバラ追悼のライブもやりましたよね、藤井さん。

あの頃にはよくわからなかった、バルバラの唄が

最近とても沁みて、沁みて・・・・。

先日、「好色七人女」でご一緒した時には、ぼくのほうが力入れすぎて

ちょっと空回りしてすいません。

久々に飲めて楽しかったです。30日はがんばります。

藤井さんの、唄をじっくりと聴きたいです。
心に沁みさせて下さい。貴女の全てを。
リクエストは、わかっていますよね(笑)
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2012/3/28  21:30

キャスト5 石川まぎ  出演者への思い
石川まぎ
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ミュージシャン。箕面の山奥在住。 
ブラジル音楽にかなり影響を受ける。
ピアノ弾き語り。作曲や編曲。 
たまにライブ活動(ジャンルは幅広いです)
主にシンフォニー宙(そら)と言うユニットで活動中。
家族は夫はベーシスト(岩田晶)と子ども2人のお母ちゃん。
ブログ http://magi.blog.eonet.jp/


まぎさんと知り合ったのは、なんと、東京のシンガーさがゆきさんからという巡り合わせ。

多分90年代の後半くらい。ミノヤホール時代からと思う。

旦那様の岩田晶さんと共に、プライベートや精神面で大変ぼくを支えてくれました。ずーっと、今でも。

ありがたいことです。

どんな人でもそうですが、別に喧嘩したとか、不仲になったとかいうのではなくて

自然につきあいが遠ざかっていく・・・。 特に最近ぼくは音楽から遠ざかったので

まぎさん、晶さんとも最近はそんな感じで離ればなれでした。

今回のライブで久々に連絡をとって

そう久々、久々〜節目、節目でお互いの存在を確認しあう、そんなおつきあいです。

息子のももくすクンが、ぼくのところでライブを続けていた、津軽三味線の佐藤通弘さんに

師事を受け、現在もがんばっている話しを聞いて、

ぼくを通してつながっていることは嬉しかったです。

まぎさんの唄は、ふわ〜っとした唄が心地いい。

「ラクダに揺られ 砂漠彷徨う
 ああ果てしなく 遠い国探そう
 口笛吹いて 空に放そう
 あぁ メロディが 風にのり 踊りだす・・・・」


詩をみただけでも、その雰囲気が伝わってくるでしょう?

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2000年3月10日 石川マギセッション
当時はマギ表記でしたね。
うわっ すごいメンバー。[岩田江(サックス・オカリナ)山田裕(ギター)島田篤(キーボード)岸田コーイチ(パーカッション)]あ、ぼくも入ってる・・・・。
 当時の曲表をみたら、まぎさんの曲から島田篤さんのインスト、タンゴまで幅広くやってましたなぁ。
多分ぼくは、どんがらがっしゃーん、とまたやってたのでしょう・・・・・。


さて今回、まぎさんのライブに参加してくれるのは・・・

チェロの三宅香織ちゃん。
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パーカッションの山下ジュンくん。
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そしてヴォセのボーカル高田靖子さん http://vocebossa.exblog.jp/
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と、短い時間でとっても豪華なメンバーで演奏してくれるみたいです。

香織ちゃんは、レッドライオン以降の出逢いの人なので、ぼくのほうからは声かけませんでしたが

ジュンくん、靖子さんは、レッドライオンに出てくれていたメンバーで

ぼくのほうからは声をかけれなかった二人だったので

まぎさんを通して、出てくれることがとても嬉しいです。

ジュンくんは、天の羊のバックでも叩いてくれるそうです。

本当にありがとうございます。この場を借りてまぎさんと三人様にお礼を申し上げます。

まぎさんの優しさと
ほわーっとし感じでぼくとみんなを、
たーっぷり癒して下さい。
いつも本当にありがとう!


3

2012/3/26  22:48

キャスト4 月 陽  出演者への思い
月 陽(つきよ)
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●大阪府高槻市在住の女性「唄うたい」。2006年よりアコースティックギターでの弾き語りを始める。
●自身が生み出す「ことば・メロディー・ギターの音色」は、シンプルかつ自然体で、 夜空に浮かぶ月のように、時にやさしく時にせつなく、聴く者の心にしみいる。 その唄から感じるスピリッツは、フォークからパンクまでを包み込む。関西を拠点に数多くのライブを展開。ソロ・ユニット・バンドなど、演奏形態は様々。 名前の由来は、ひとりで音楽をやってゆこうと決心してから、はじめて生まれた曲のタイトルが「月夜」だったことによる。

●どんな時でも、自分としっかり向き合い、等身大の自分を大切にしながら、少しずつ理想に近づいてゆこう。そんな気持ちで唄い続ける姿に、強く共感を覚えるファンや 協力者が増えている。
特に「ヤイリギター(株)K..YAIRI」からその実力を高く評価され、現在愛用しているギターはすべてモニターとして提供されている。

●昨年、「月夜」から「月陽」に改名する。

http://tsukiyo.jp/

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今日これを書いている、3/26が月陽〜みゆちゃんの誕生日で、彼女は40歳になった。

昨日がバースデーライブで、ぼくはライブ自体を見ることはできなかったのだが、

今回のちらしを届けに会場に行って、久しぶりに逢ったら・・・・。

なんか髪も伸びて、むっちゃ綺麗になってびっくりした。

「つきよ」とは呼びにくい、ぼくは本名の「美由紀」から「みゆちゃん」と呼んでいる。

やはり、どういう出逢いだったか、もう忘れてしまったが、

多分、LEOちゃんやギターのオオニシ君、ドラムのはっしゃんあたりからのつながりだったと思うが

どやったやろ、みゆちゃん?
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この2000年4月のスケジュールを見る通り

レッドライオン後期くらいから出演してくれて、

むしろ、レッドが終わった後の数年間、ぼくの企画でライブをよくしてくれたり、

時には共演もしてくれた。そうバックでパーカッション叩かせてもらいましたね。

みゆちゃん〜竹を割ったような、すっきりとした性格。

そしてすごく思いやりのある人。

ぼくにとっては異性というよりは同志みたいな人です。

元々ぼくの作った詩を、月夜のために書き直して、月夜が曲をつけてくれた、

「月夜の記憶」という唄、貴女が唄ってくれた唄はぼくの宝物です。

このところ全く、ぼく自身唄っていないけど

またライブをやる時には、是非唄いたいと思っています。

そんな月陽〜みゆちゃんの唄が聴けるのが、楽しみで嬉しくて仕方ありません。

みゆちゃん、これからも、静かに心を照らす月と、暖かく人々を包み込む太陽なような唄をぼくらに与えて下さい。




3

2012/3/18  20:44

キャスト3 松井恵子  出演者への思い
松井恵子
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京都出身、在住。シンガーソングライター。
ピアノ弾き語りスト。
心深く届く、優しく力強い歌詞にこだわりをもち、関西を中心に全国でハートフルなライブ、コンサート、イベント出演をおこなっている。ピアノ1本で多様な音世界を表現するステージには定評があり、個性的な声は、歌によって表情を変える。子どものための歌制作や、依頼に応じた音楽製作や幼稚園、保育園などでの公演やファミリーコンサートも、さまざまな形態で、おこなっている。。

HP「けこの森」  http://www.kekoko.com/total-index.htm

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ぼくの音楽人生、活動の産みの親が三上寛、育ての親が須山公美子としたら

竹馬の友というべきが、松井恵子と呉ひとし、だろう。

とかくつきあいが古い。松井恵子が結婚する前から知っているから、本当に古い戦友??

その彼女も先日、次女の娘さんが高校卒業したというのだから、

ああ、まぁなんとほんま年月の経つのは速いことか!

京都にあるアコースティックのライブハウス「アザーサイド」。

今は名前も場所も変わって「わからん屋」として存在する名店。

この店には昔から、その当時は毎週水曜に「アコースティック飛び入りライブデイ」というのがあって

ぼくもギターをかついで唄いにいってた。

人見知りするわりには新しい何かがしたくて、といってオリジナリティがあるわけでもなし

ギターが弾けるわけでもなし、おまけにマイナーしか弾かない暗い歌しか唄わないとなると

仲間ができるわけでもなく、店の人からもあまり良くないふうに見られて

それでも、なんでか唄いにいってたわけで・・・。

そんな時に既に店のライブでレギュラーで出演してたのが

松井恵子、中村ゆきまさ、西沢和弥、TOM石川、けん蔵 という人たちであって

その人たちも飛び入りでにきて唄うので

まるで雲の上の人を見るように、よく眺めていた。

そんな野良犬みたいなぼくに優しく声をかけてくれたのが

松井恵子、その人だった。

孤独な中でとてもうれしかった。

同じ大阪から唄いに来てた、呉ひとしと共に

あのアザーサイドという場所で鮮烈な出逢いであった。

ただ、最初は彼女の音楽の世界は嫌いだった。

多分、素直に聴けなかった。自分がひん曲がっていたから。

それでも、良い性格と可愛さにはメロメロ?で

おつきあいはずーっと続く。

ところが、20世紀も終わる頃

彼女の音楽性に一つの変化があった。

深層心理というか、元々持っている「性(しょう)」というものを

出した唄が次々と産まれた。

彼女に何があったのかは今でもわからない。

そんなものが産まれたから、さぁ大変、ぼくの持ってるものとリンクしてしまったがため

ぼくは彼女のバックで強制的に太鼓を叩いた・・・。

あー  今考えると、無茶苦茶してしもうたなぁ。

ごめん、けこさん。来るもの拒まずでも、あれは嫌やったでしょうね。

でも、100あるうちの1は奇跡的なものを創れたと、実は今でも思っているのですよ。

それもホンネなんです、けこさん。

長い長いおつきあいをしてきたけこさん。

実はオレペコの活動を止めた2年前からでも、三上寛以外

唯一、けこさんのライブだけは何故か1年に1回は継続しているのです。

この写真は昨年のライブ時のもの

左から長崎の果里ちゃん、ぼく、呉さん、けこさんですね。

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と、そんなとっても大好きなけこさん。

松井恵子といえば、この人のことを思い出さずにないわけにはいきません。

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99年7月12日 「松井恵子とほにゃららず」CD発売記念ライブ。

松井恵子とほにゃららず は、今回のライブでも松井恵子と共演してくれる

パーカッションの藤森るーとギターの家高毅からなるグループだった。

家高毅はレッドライオンが無くなった同年、2000年11月に交通事故で他界した。

同じ年にピアノの村上ユミ子も病気で亡くなっている。

かくて2000年は、小屋を無くし、有望で仲の良かった二人の大事な仲間を無くし、

この先どうなるかがわからない失意の年となったのだった。

今回のライブで行いたかったことは、この家高、ユミ子の楽曲を1曲でも

彼、彼女と親交のあったミュージシャンに奏でてもらいたいということがある。

肉体は滅びても、二人が創った音だけは確かに残っている。

それに命を吹き込んでやれば、彼らは蘇るのだ、そういつでも。

今回、松井恵子にそれをお願いした。

本来ならば、彼、家高のオリジナルギターのインストゥルメンタルの曲を

誰かギタリストに弾いてもらうのが良いのだろうが

何よりも、一緒に活動を共にした、松井恵子、藤森るーに

彼の創ったものを奏でてもらうのが一番良いと。

1曲、ぼくの思いも込めて奏でて唄ってもらいます。

家高さん、当日は遊びにくるんやで、あっちからね。

同じコンセプトで村上ユミ子についても考え中である。

長文になってしまったけど

松井恵子さん、貴女はいつでもぼくの心のお姉さんです、あ、実際2歳上ですが。

松井恵子が大好きです。唄も人も。いつも通りにいつものように聴かせて下さい。リクエストは「日暮し」です。
3

2012/3/15  23:11

キャスト2 海江田文  出演者への思い
海江田文●かいえだふみ
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奈良在住。シャンソンを中心に活動するシンガー。同志社大学文学部美学及び芸術学専攻卒業。
1996年、京都「巴里野郎」にて歌手活動開始。同年、日本シャンソンコンクール全国大会にて優秀歌唱賞受賞。
独特のレパートリー、訳詩の世界にコアなファンを持つ。関西一円のライヴハウスにてライヴ活動中。

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1991年から2000年まで、中津ミノヤホール〜十三レッドライオンと約10年、定席の小屋を持ち活動した時期。

今回のライブはこの時期に活躍してくれた人たちを集めた。

海江田文・・・。当時は「西田文代」という名前で、ピアノの吉田幸生とのデュオで

「ロウドポンタ」という名前で、確かミノヤホール終盤からレッドライオンの初期にかけて

定期的にライブをしてくれていたと思う。

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98年8月 なんと、8月生まれのミュージシャン大集合ライプに出てるねぇ。

文ちゃんは8月生まれやったっけ?

そういえば、ミュージシャンとしては三流のこのぼくとよく対バンもしてくれましたっけ・・・

シャンソン歌手の大半は吉田幸生から紹介されて、今に至っている。

彼女もその一人。

ただ、吉田さんから紹介される人は、シャンソン歌手といわれる人の中でも

かなり変わった人ばかりで(まぁ一番変わっているのが吉田さんだが・・・・)

文ちゃんも、おもろい歌を唄う人やなぁというのが

当時のぼくの感想。文ちゃん、吉田さんも一緒によく飲みにいきましたねぇ。

そんな文ちゃんとも、長らくの親交が無かったが、先日のシャンソンイベントで久々に再会。

なんと、あの須山公美子と「ゴスロリ・デュオ」をやっているとのことで

実際に見て、んんんん、絶句。

現在もシャンソンで地道に礎を築いていても、やっぱりいろいろやりたいのね。

やって下さい。やって下さい。文ちゃん、当日は須山さんともまた絡む? 

ピアノはもちろん吉田幸生!

はい、楽しみです。

5月には、大きなコンサートも控えているみたいで、がんばって下さい。

以下その宣伝。

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文ちゃん、がんばろな!
7

2012/3/13  21:31

キャスト1〜LEO  出演者への思い
Leo

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大阪生まれ。天秤座。14歳よりバンドでVoとして唄い始める。
'97年頃より突然アコギを持ち・・・ 小さい頃に少しだけ習っていたピアノも弾き始め・・・
solo活動を開始。
それまで溜まっていても放出し切れなかった
得たいの知れないパワーがLeoから産まれる曲となりステージとなる。
感覚的アンテナは常に感度良好。
Heart&soulってええ言葉やなぁ〜
唄うことは喜怒哀楽。唄うことはせつない、あったかい。
誰かに笑って欲しいなぁ〜って思う。
えぇ顔して欲しいなぁ〜って思う
ジャンルは・・・きっと愛情系。
名前の由来・・・ライオンに憧れた
”Leo”・・・日本語で"獅子"、スワヒリ語で"今日"。
瞬間・瞬間が大事で
アリ一匹のように小さくても象一頭のように大きくても
同じ力で飛びかかりたい
”何に?”と聞かれたら困るけど・・・。

HP http://sisileo.com/

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まず、トップバッターに唄ってもらいたいと浮かんだのが、LEOちゃんだった。

もう何年逢ってないのか・・・。 彼女が結婚しますと聞いた時から逢ってないと思う。


ところでぼくとミュージシャンとの出逢いというのは、

1、鮮烈に覚えてる出逢い

2、なんとなくおぼろげながら出逢った出逢い

3、いつのまにか知り合いになっていた出逢い、出逢いに記憶無し。


と、大雑把に3タイプの出逢いがあるのだが、

LEOちゃんの場合は3になる。ごめん、いつ出逢ったかがわからない、覚えてない。

LEOちゃんは覚えているのかな?

とかく元気な女の子という印象しか残っていないけど

忘れられない存在で、このライブをやると決めた時、彼女と月陽にはすぐ声をかけたいと

思ったので、はい、すぐ声をかけたのだった。



情けない話しで、過去の資料をまとめるとか整理するという能力は

とても乏しいというのが、ぼくの致命的な欠点で

レッドライオンの資料も、スタッフが捨てようとしていた

ライブスケジュールのまとめたものを昔もらったものを

とっていたものを参考にしたため

その当時のスケジュールをコピーしたものをこれからアップしようと思うのだけれど

折り目がついてたり、書き込みがしてたりと、なかなか悲惨な状態で残ってるものなので

ご勘弁を。

それでこれ
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2000年の1月のライブスケジュール。

LEOちゃんでてます。28日のところ。

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「元気いっぱいに溢れる太陽のように歌う女の子」というコピーで紹介してありますなぁ。

女の子も12年経つと、成熟した女性になっただろう(表現がオヤジ?)

LEOちゃんの唄が聴けるのがとても楽しみです。

そうトップバッターを元気に明るく開いてくれるのが

LEOちゃんなのです。

トップは貴女しかいません!

LEOちゃん、たのむのでー。よろしくっ!
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