2012/4/29  1:24

キャスト27 音やかん  出演者への思い
平松加奈
フィーチャーリング・音やかん

 【吉田幸生 船戸博史  
 西野欣哉 平松加奈 
 田村賢一】

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吉田幸生(よしだゆきお)[ピアノ]
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1960年生まれ。4歳からオルガンやエレクトーンに親しみ、高校時代よりピアノを弾き始める。大阪大学入学後は軽音楽部で活躍。自ら率いるポップスバンドで第25回ヤマハポプコン兵庫県大会優勝。1986年ごろよりシャンソン歌手出口美保の誘いでシャンソンの仕事を始める。関西のみならず、首都圏、名古屋などでも多くの歌手の信頼を得ている。ソロピアノCD2枚発表。自らのユニットは「音やかん」「maca」

http://www10.big.or.jp/~44day/

船戸博史(ふなとひろし)[コントラバス]〜ふちがみとふなとの巻参照。
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西野欣哉(にしのよしや)[パーカッション]
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ドラム、パーカッショニスト、作/編曲家
studio ritMOnkey(リトモンキー)主宰。
西宮在住。1968年生まれ。
関西を代表するラテン系パーカッショニスト&ドラマー。
二本の手から繰り出されるパワフルかつ繊細なプレイには定評があり、
ことにコンガの音色は関係者から高い評価を得ている。
また演奏中のパフォーマンスも人気がある。
チーチョ西野として多くのラテン系バンドにも所属。
また自身のソロプロジェクト「ART HAND」名義ではソロ活動。
それ以外にもDJ、サウンドエンジニア、としても活動している。
PEARL PURCUSSION endorser

http://www10.plala.or.jp/n448/index.html


平松加奈(ひらまつかな)[ヴァイオリン]
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  大阪府出身。4才よりヴァイオリンを始める。相愛大学音楽学部にてヴァイオリンと室内楽を久合田緑氏に師事。卒業後、クラシックで培った卓越したテクニックを軸に、豊かな音色と個性的な即興を表現の身上としたジプシージャズスタイルの演奏で多くのファンを魅了する。
 フラメンコ音楽を中心にインド、アラブ系ワールドミュージックやラテンジャズのコンサート、スタジオワーク、TVや映画音楽製作に数多く参加。桑名正博をはじめ、数多くのアーティストのサポートメンバーとしてコンサート、CDレコーディングに参加。国内外のジャズフェステイバルやフランス等での海外公演も数多く行っている。
 優れたフラメンコアーテイストとの共演も数多く行っており2007年には来日したスペイン人舞踏家マリア ナダル、ホセ グレコ2世と共演。2010年にはスペインフラメンコ界の巨匠ディエゴ カラスコ、故モライート チコと共演。最近では舞踏家ベニート ガルシアと共に新作を発表している。
 2000年、フラメンコギターの伊藤芳輝・タブラの吉見征樹と共に「スパニッシュ・コネクション」を結成。「インドから東欧を経てスペインのアンダルシアへと至るジプシーの道筋を、そこで生まれたフラメンコギター、ヴァイオリン、タブラといった楽器と共に音楽で旅をする」このコンセプトのもと、ジプシー音楽の一つの究極であるフラメンコ音楽をコアに置きつつも、ジャズ、民族音楽などのエッセンスを織りまぜ、独特のオリジナリティーを発揮している。ビクター、ポリスター等メジャーレーベルから通算9枚のアルバムを発表。ファーストアルバム「Spanish Connection」より平松のオリジナル曲「夢のあとで」 がTBS系ドキュメンタリー番組「NON-TV」 のテーマソングに起用される他、4thアルバムから「陽光の街」がキリン氷結バレンシアのCM曲に採用、「ピアソルンバ」がテレビ東京系番組「美の巨人たち」のテーマソングに起用、5thアルバムから「ritmo337」がテレビ東京系番組「ミューズの楽譜」のテーマソングに起用される。2006年にはNHK土曜ドラマ「魂萌え!」の音楽を全編担当。2009年にはNHK教育テレビ50周年記念番組連続人形活劇「新・三銃士」の音楽も全編担当する 。
 2008年、初のリーダーバンド「平松加奈con Armada」を立ち上げ、精力的に活動中。フラメンコ、ジャズ界 の精鋭メンバー達と新たなヴァイオリンサウンドを展開している。2010年に1stアルバム「Violin toca Flamenco」をリリース。同年8月の日経新聞に自身のコラムが掲載される。2011年、震災復興支援を目的とした、ミニアルバム『Volver a empezar~再起への祈り~』リリース。同年秋にグループとして参加し舞台を共に作り上げた鈴木敬子氏の舞踏公演はフラメンコ雑誌「パセオ」に絶賛掲載される。

http://www.geocities.jp/h_kanaviolin/

田村賢一(たむらけんいち)[チェロ]
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宝塚在住。20歳よりチェロに魅せられ大木愛一氏に師事。クラシックをはじめ、ポピュラー、シャンソン、タンゴ、ボサノバなどをこなすマルチプレーヤーとして、ライブハウス、コンサートなどで精力的に活躍する傍ら南大阪管弦楽団や千里フィルハーモニア・大阪などでトレーナー、指揮者としてアマチュアの指導にも携わっている。
また、作曲・編曲においてもその独特のアーティスティックさが根強い支持をうけており、幅広いジャンルのコンサートやレコーディングなどで活躍している。
古典から現代音楽まで幅広いレパートリーを演奏する室内楽団《SINFONIA DOMANI》を主催するほか、タンゴバンド《Plaza de Fuente》---(1st.Album「Verdescuroando」2009年2/20発売)、人形劇団京芸『火曜日のごちそうはひきがえる』のサウンドトラックの作曲・演奏(300回以上のロングラン公演中)などで活躍。


http://music-tamtam.com/

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吉田幸生の「お」船戸博史の「と」西野欣哉の「や」平松加奈の「か」田村賢一の「ん」

で「お・と・や・か・ん」=Sound Kettleというユニット名になった。

ミノヤホールの時代から、吉田幸生をメインとするユニットを立ち上げることはできないか?

ということを考えていて、レッドライオンが始まってすぐ、

シモーヌ深雪のバックで吉田幸生がバラバラでバックの共演をした

5人を集めてこのユニットが生まれ

レッドライオンが終了する前、平松加奈が関東に移住するまでの約2年間活動して今や幻のユニット。

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98年5月7日 音やかん誕生ライブ。同じ月のライブを見ると、今は亡き、市川修、村上ユミ子、高田渡、また現時点で音楽を止めてしまったミュージシャンの名前も何人か見受けられる。現在まで14年の歳月はやはり長い時間でもあったのだ。


そう今回のライブだけ、一夜限りの大復活なのです。

5人のことを語れば長くなりますので簡潔に。敬称略。

吉田幸生は須山公美子の紹介で、ぼくにシャンソンの世界とアーティスト達を紹介してくれ

プライベートでも大変お世話になった人です。

ずっと敬称略で書いてますが、略で書けるほど大きく優しい人なのです。

船戸博史はふちがみとふなとの巻で書きました。いろんなライブに参加してくれました。

童顔なので、よく昔は「船戸クン」呼ばわりをしてました。今考えると恐ろしい。ぼくよりいくつ上やねん。

船戸さんのベースは天下一品です。

西野欣哉は、藤森るーとぼくと3人で「るるる」という楽しいユニットも組みました。

未だにぼくのコンピューターお助け係です。いい奴です。誤解されることも多いバカです。愛してます。

田村賢一は、ぼくにタンゴの世界を教えてくれた人です。喰えない奴です。

奥様の林睦子との愛のキューピッドはぼくです。感謝しろよ。ははは。

そして、そして平松加奈。

一番愛してました。その音楽も、人間性も。異性としても。

今では住む世界も断然に変わり、雲の上の人になってしまいました。

でも今回、わざわざこのライブの参加を快く承諾してくれ、横浜から来てくれます。

とてもとても嬉しかったです。ありがとう。

何年かだいぶ前に一度だけ、ぼく主催のライブにきてくれたのですが

その時とはもうますます段違いです。

でも、しっかり聴かせてもらおうじゃありませんか

貴女の「今」の音を。

ざーっと5人に好きなこと書きました。

とても楽しみにしています。

今までの巻でも書きましたが、

音やかんのコーナーでも、今は亡きミュージシャン達の楽曲に

生命を吹き込みます。岸田プロデュースです。

村上ユミ子 西野美樹[ハーベスト〜ときわ] 市川修

この5人がいずれも当時に関わったことのあるミュージシャン達です。

音は永遠に生きる。どうぞ、アナタの耳で心で聴き込んでみて下さい。

そして表記にあるとおり、平松加奈をフィーチャーリングします。

平松加奈オリジナルの原点その当時は「中近東」というタイトルでしたが

今は「夢のあとで」という曲名になり、今もライブで弾きまくってるとのことです。

そして、音やかんはシャンソンコーナーにも参加しますのでお楽しみに。

音やかんのみなさん、次はいつできるかわかりませんね。

だから思いきりやって下さい。存分に。

加奈ちゃん、ほんまありがとう。

吉田さん、大役任せてほんますんません。

船戸さん快く楽しんでくれてありがとう。

にしの たのむで、ほんまに。おおおきに。

田村くん キミのチェロもどんだけようなったか楽しみやわ。
譜面整理で迷惑かけたね、ありがと。

みんなよろしくお願いします!!!





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2012/4/29  6:15

投稿者:吉田 幸生
音楽的に、あれがなかったら今の私はないというポイントはいくつかあるのですが、そのひとつが
シモーヌ深雪と磔磔に出た時の最後の曲「いつわり」。あれではじけました。
僕の中に眠っていた何かを掘り起こしてくれたのは、岸田コーイチくん、あなたです。
恩もだいぶ売りましたけど(笑)
今回の準備で昔の資料を引っ張り出してきて、少しずつ思い出してきたのですけれど、
音やかんは、そうですねえ。
毎回、僕がテキトーな提案を出すと、ふなとくんが「よしださん、それ、はずしてるで」と鋭く指摘。
西野くんが色々とりなしてくれて、弦のお二人は僕が出したテキトーなアレンジの補完に忙しい、と。
そんな感じやなかったでしょうか?
最後は皆さんの瞬発力でなんとかなっていた気がします。今回も瞬発力に期待してます。
田村くんが毎回持ち込んでくれるアレンジ達も、今や自己の「泉の広場タンゴ楽団」で立派に花開いてるようだし、
あの頃「中近東」から改名された「夢のあとで」を引っさげて巣立っていったかなちゃんも、今や手の届かぬミュージシャン。
確か、スパコネのデビューツアーの時に、大阪ブルーノート(現ビルボード)に見に行きました。
「三銃士」は毎回家族で夢中になってました。あっっと言う間に終わってしまい、残念でした。

2012/4/29  4:26

投稿者:平松加奈 その2
...つづきです。

最近あるフラメンコダンサーに言われた一言、「平松さんのすごいところってさ、(フラメンコの)大先生が言う突拍子もない無理難題の音楽への要求を、他のミュージシャンだったら、ちょっと待ってください、数日考えさせて宿題にさせてください、とか、それはできません、とかいうところを、絶対、その場で瞬間に音で応えてなんとかカタチにするんだよね〜」....この評価はまさしく、岸田プロデューサーに鍛えられた成果であります。私の音楽家としてのキャラクターの一部分を担うところ、そういう部分をのばしていただけたのは、本当に感謝してます。ありがとう。よくケンカをしたり、言い合いしたのも、私が若くて青くて勢いだけが渦巻いていたのが多分に原因でもあります。もう充分すぎるくらい大人になったんやから、4/30は怒らんようにしないとね。でも、岸田さんの顔みたら、昔の自分に戻ってしまうかも。フフフ。
音やかんのメンバーは最高です。各分野のスペシャリスト、傾向がどちら側にも偏ってない奔放な音楽性のミュージシャンが揃っていて変幻自在、絶対にまとまりそうもないメンバー組み合わせなんだけど、りいだあ吉田さんの絶妙なリーダーシップが功を奏し、いつも本番実現に至ってマス。今回もものすごく楽しみです。(*^_^*)

2012/4/29  4:24

投稿者:平松加奈
ぎゃ〜っ、昔の写真....(汗)皆なぜかフォーマル。
私は、今でも年に一度以上は大阪に戻ってきて普段組んでるメンバーとライブやってますが、岸田さんは一度も聴きに来てくれたことありません。たまにお会いしたり、電話での連絡やりとりをすると、決まって必ずイヤミを言われます。「加奈ちゃんは大阪を捨てた女やからな〜」と。むちゃムカつく!とにかく、一人の人に対して、こんなにずっと怒ってることないっというぐらい、岸田さんと私はよくケンカというか、いろんな事に対して言い合いをしました。...でも、よく考えてみると、そんなに腹立つんやったら、人間関係がとっくに壊れててもよさそうなのに、まだ続いてる...こういうつながりは今までの人のつながりの中で岸田さんしかいません。今回のオファーの電話もやはり同じ。イヤミにプチムカつきながらも、スケジュールokのお返事を。.....今思いかえしてみると、音大出たばかりで卵のカケラにも満たなかった私を、怒濤のごとく、大御所ミュージシャンの即興ライブに放りこんでくれたのは岸田さんでした。岸田さんも私がどんな演奏するかわからへんのに勇気あったなあと思う。とにかく、ミノヤホール、レッドライオン時代に、技術はなくとも度胸だけはついた。その後、東京へ出て、技術のないことに長い間苦労するわけですが....つづく...

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