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さくら

天皇陛下の傘寿(80歳)を祝って、坂下門から乾門まで普段は一般人の歩けない路を、桜を観ながら通り抜け出来るらしい、テレビも空撮で報道していた。いやぁ〜大勢の人が集まったもんじゃねぇ…
天皇陛下も もう80歳ですか… 我輩の傘寿は去年、何事もなく川の流れのように過ぎて行ったのだが…。 陛下の傘寿と皇居に集まる群集(多分 普段は観られない桜をこの際観て置こうの!人達であろうが)をテレビで眺めながら、或る感慨が頭の中をよぎった、
1940年、世界大戦前夜(あの頃は大東亜戦争と叫んでたな)我輩は尋常小学4年生、在満州ハルピン、遊びといえば、りんご箱の板切れで作った玩具の小銃機関銃やサーベル(洋刀)持って日がな一日戦争ごっこ、日本人の特性であろうか…子供ながら 部隊長から新兵まで指揮系統がきちんとしとったな 「お前ら爆弾三勇士だ!突撃して敵をやっつけて来い」「は〜い判りました、直ちにやっつけて参ります」なんてね…。 一番の楽しみは 親に連れられて行く映画館、洋画邦画恋愛チャンバラ冒険喜劇何でも有ったが不鮮明な白黒映画じゃったばい。そしてその出し物に必ず付いて来るのが国策ニュース映画じゃ、大戦が始まってから頻繁に映るようになったのは街行く日の丸の旗行列、提灯行列、
♪勝って来るぞと勇ましくぅ誓って故郷を出たからにゃ 手柄立てずに死なりょうか 進軍ラッパ聞く度に まぶたに浮かぶ 旗の波♪ の歌も聞こえて、旗の波であった…国中旗の波であった。 その後、2,3年して、わが国の父親、夫、兄弟、友達、我が子が白木の箱に入って沈黙の帰還をする様になった。
あの頃の体験と実感を背負って元気でいる老人たちは今 何人いるのかな…あの頃の事をを肯定的にも否定的に外に向かって発信している者が何人いるのかなぁ。
今のの政治家も経済人も知識人も活字からの史実は知っているのだろうが、嗅覚に繋がるような実感は 持って居ない。
今 世界中が イラついているな。アドレナリンが溢れ出とるバイ。
我輩の子供の頃、戦闘帽かぶってゲートル巻いた在郷軍人会のおっさんや白の割烹着きてモンペはいた こわもて婦人会のおばちゃん等が千人針の腹巻を作れと家々を廻っておったのを憶えておるバイ。 みんな ヒソヒソ陰口を言っても ハイハイと言う事聞いちょった。
日本人は 絶対 付和雷同、 時勢になびく国民たい!
そして、時勢を嗅ぎ取る臭覚も最近は無うなりよる。
瀬戸内寂聴さんも言いよった「今の日本は大戦前夜の日本とよく似ている…怖い」 同感!

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投稿者:寺崎一公
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